認知症の人を叱る。これは、介護の現場で当たり前に行われていることです。でも、叱られた人も叱った人も、気持ちがいいものではないのです。
いくら叱っても注意しても、わかってもらえない。何も変わらない。自分のやっていることは意味がないのではないか。こんなに相手にひどいことを言ってしまう自分が情けない・・・。
一生懸命やっているのに、空回りばかりしています。
認知症の人の困った行動に対してどう働きかけるかを考える時、最近の脳科学の研究が参考になるかもしれません。ここではそれをご紹介しながら、認知症の人を「叱る」ことについて考えてみたいと思います。
認知症の人の困った言動を叱るのはやってはいけない!
「認知症の人を叱ると、本人には叱られたという事実しか残らない」
以前、義母のケアマネジャーに言われたことが、今でも印象に残っています。
その時の私は、義母の困った行動に対して、何とかやめさせようとして、きつく注意したり何度も言い聞かせたりしていました。
手すりのない所に移動する、玄関の外に出てしまう、ご飯を炊こうとしてお米を出して研いでしまうなど、一人でやったら危険な行動をして、転んでしまうことが多かったのです。
「危ないから、もうやらないでね」「わかった」という会話が何度も繰り返されましたが、改善されませんでした。私の声はだんだん大きく、荒くなっていき、ストレスがたまっていました。
そんな時のケアマネジャーのひと言でした。彼女は決して私を責めようとしたわけではなく、「あなたが一生懸命やればやるほど、悪循環に陥りますよ」ということを伝えてくださったのだと思います。
認知症の人を叱ることで事態はよくなるの?叱られた本人は怖い思いをするだけ!
認知症の人を叱ることで事態がよくなるのなら、その行為は意味があると思うのです。でも、残念ながらその可能性は低いようです。それどころか、叱ることによって認知症の症状が悪化する可能性があるという研究報告もあります。
私は、夕方なのに「おはようございます」と言う義母に対して、今が朝ではないことを伝え、昼寝をしすぎたためにこのような混乱が起きたことを説明して、次からはもっと早めに昼寝を切り上げるように約束させる、ということをしていました。
郵便受けに何か届いていないかと外に出た義母に対して、「何やってるの!! 一人で外に出ないようにって言ってあるでしょ!」と大きな声を出しました。義母は、近所の人に聞かれないかと気にしていました。
私に言い返すことをしない義母に対し、自分の怒りをただぶつけていた私・・後で義母にその時の気持ちを聞いたら、「怖くて何を言ってもダメだと思った」と言っていました。本当に申し訳ないことをしたと思い、謝りました。
現在の義母はどうかというと・・そのころよりもさらに認知症が進み、昼寝の後に「おはようございます」と言うのは当たり前のことになりました。
また、足腰が弱り、一人で外に出ることは、ほぼ不可能になりました(伝い歩きをしながら外に出てしまう可能性も、全くないとは言えませんが)。
いずれにしても、「叱る」こと自体、もうあまり意味がないと思うようになってきました。とは言っても、こちらの気持ちをコントロールすることができず、きつい口調になってしまうこともあります。
認知症の人は相手の怒った表情だけ覚えている!
先ほどの、NHKの番組に戻ります。
最新の脳科学では、こんなことがわかっているそうです。
認知症の人は、まわりから何かを指摘される時、その内容よりも、相手の怒った表情のほうが記憶に残ってしまいがちです。
脳の記憶をつかさどる部分である海馬が委縮してしまい、会話の内容は理解できなくなります。でも、目から入った情報を認識する機能は失われにくいので、相手の怒った表情は覚えています。
そして、その表情が認知症の人にストレスを与えているのです。
では、叱らなければいいのね、ということになりますが、実はそれだけではないのです。
そしてその精神的ストレスが、認知症の症状をさらに悪化させることにもなりかねません。
認知症の人を【私は叱られている】という不安から解放してあげよう!
認知症患者さんをたくさん診ている医師によれば、「私は叱られている」と思い、不安や孤独を感じている人が多いそうです。
自分は毎日一生懸命介護しているのに、相手は幸せではないなんて!こんな理不尽なことはありません。どうせ大変な思いをするのなら、相手も笑顔でいてほしいし、不安をなくしてあげたいと思います。
認知症の人を叱ることの弊害について、以下にまとめてみます。
【認知症の人を叱ることについて】
- 認知症の人は、注意や指摘の内容を理解することが難しい
- 介護する側の怒った表情、けわしい顔つきばかりが伝わってしまう
その結果・・・
- 不安やストレスを感じてしまう
- 暴力、暴言や妄想などを引き起こすこともある
【認知症の人への望ましい対応のしかた】
- 言動を否定しない
- ほめながら、上手にコミュニケーションを取っていく
- 役割を持ってもらう
その結果・・・
- 自信を取り戻す
- 認知症の困った症状が減っていくこともある
役割を持ってもらうとは、たとえば食事の時の箸をそろえるとか、いただきますのあいさつをしてもらうとか、小さなことでもいいそうです。その時、やってくれたことに対して感謝の気持ちを伝えるようにします。
怒った顔やけわしい顔が印象に残りやすいのなら、逆のパターンで、笑った顔を記憶してもらえばよいのです。人は、笑顔を読み込む能力も高いそうなので、こちら側がいつも笑顔で接していれば、不安の感情は起こりにくくなります。
ここまで書いてきましたが、実際にこれを実行するとなると、難しいと感じます。いつも笑顔でいる、イライラすることがあってもけわしい表情にならないようにする、小言や注意はなるべく言わない、など、できるかどうか自信がありません。
叱ることは決して気持ちのいいものではありません。きついことを言ったら後味が悪いし、あんなに言わなくてもよかったなと後悔することばかりです。笑顔でいれば、おおらかな気持ちになれるし、相手も笑顔になりますよね。
難しいことには変わりはありませんが、介護する側がストレスをためないやり方を選んでいきましょう。怒ることで血圧が上がったり、シワが増えたりしたくないですしね。
まとめ
最新の研究では、認知症の人を叱ることは、できるだけ避けるようにしたほうがよいとされています。
認知症の人は、なぜ叱られたのか、その内容を覚えておらず、叱った人のけわしい表情だけが頭に残ってしまうからです。叱られ続けることがストレスになり、暴力、暴言や妄想などを引き起こすこともあります。
また、励ましたり、こちらの願望を伝えたりすることも、その人を精神的に追い詰めてしまいがちです。
そのようなことを避けるためには、否定しない、ほめる、役割を与えるなどで、不安を取り除き、自信を持ってもらうようにすることが大事です。
怒った表情の代わりに、笑顔でいることで、相手の不安もやわらいでいきます。